ほぼ日刊スタふブログ

研究室の悩み@70年前の研究者 その2

以前、仁科芳雄氏の悩みを紹介しましたが、
科学者であり随筆家でもある寺田寅彦氏も、
同じ時期に似たようなことを書いているので紹介しまつ。

研究と教育の両立、というのは
昨今始まったものではなく、
いつの時代にもある普遍的な問題なんだろうなあ
という気がしています。

寺田寅彦「学問の自由」(1933年)から一部抜粋

 学問の研究は絶対自由でありたい。これはあらゆる学者の「希望」である。しかし、一体そういう自由がこの世に有り得るものか、どの程度までそれが可能であるか、またその可能限度まで自由を許すことが、当該学者以外の多数の人間にとって果していつでも望ましい事であるか。こういう問題を、少し立入って考究し論議するとなると、事柄は存外複雑になって来て、おそらく、そうそう簡単には片付けられないことになるであろう。
(中略)
 ちょっと考えると、大学教授などというものは、正しくそういう立場にありそうに見えるが、事実は必ずしもそうでない。第一、教授の職責の大きな部分は学生 を教える事である。それから色々な事務がある。時には会計官吏や書記や小使の用をつとめなければならない。好きな研究に没頭する時間を拾い出すのはなかな か容易でないのである。その上に肝心な研究費はいつでも蟻(あり)の 涙くらいしか割当てられない。
(中略)
 「環境」という方面から見た「研究の自由」に関する「事実」は、先ず大要以上のごときもののようである。
 また一方、研究者の内面生活の方面から見た「自由」はどうかと見ると、これは全く個人個人の問題で、一概に云われないようである。ちょっと外側から見る と恐ろしく窮屈そうに見えるような天地に居て、そうして実は、最も自由に天馬のごとく飛翔しているような人も稀にはあるようであり、一方ではまた、最も自 由な大海に住みながら、求めて一塊の岩礁に膠着(こうちゃく)し て常に不自由を喞(かこ)つ人も稀にはあることは あるように思われる。これも理窟ではなくてやはり事実であり学問の世界の現象である。

全文は,青空文庫に掲載されてます。

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