<前回までのあらすじ>
何はともあれ、Aと山野の実験が始まった。
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いつの間にか太陽は地平線に沈んでいたが、
二人の実験は幕をあけようとしていた。
「普通の会社員なら、今くらいの時間に
そろそろ帰り支度をするんですよねえ」
山野は何とは無しにAに話しかけてみた。
「山野君、研究者にとって最も幸せな時間は、
誰もいない実験室を思う存分使えることだよ」
そんなもんかなあ。山野は今日の就職セミナーで会った
橋本のことを思い出していた。
「じゃあ、始めましょうか、Aさん」
「ちょっと待った、何だこの有様は」
Aはしかめ面をして腕組みをし、実験室を見回している。
「実験室がどうかしました?」
「えらい散らかり様じゃないか」
山野には、特段散らかっているようには見えないが、
Aは何かが気に入らないらしい。
おもむろに顕微鏡が置いてあるテーブルに向かうと、
「例えばここにあるキムワイプ、これは本来は
20センチ顕微鏡に近づいていないと、
対物レンズの掃除がスムーズに出来ないじゃないか」
「ははあ」
「そしてこの顕微鏡の位置も、10センチ手前に
設置されていなければならない、さもなくば、
腰の角度が平均5度前傾姿勢になる。
これは、腰への負荷が通常の姿勢と比較して
15%余計にかかることを意味する」
「そ、そうなんですか」
実感の湧かない山野に対し、Aはめずらしく
イライラした様子で机をトントンと叩きはじめた。
「山野君、君は、風が吹けば桶屋が儲かる
ということわざを知っているかい?」
「はい、知ってます」
「あれと同じで、キムワイプの位置が変われば
実験の精度が著しく変わったりするものなんだ」
「それ、使い方間違ってませんか?」
結局、Aは実験室にあるあらゆるものの位置を直し、
実験が開始したのはそれから1時間後だった。
(つづく)





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